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野球や日常のことなど斉藤選手の日記を公開いたします。
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2007/11/14
訃報・・・。

稲尾和久さんが、日本時間の11月13日午前1時21分に、福岡市内の病院で亡くなられました。
突然の事で、正直驚いています・・・。

僕の稲尾さんの思い出は、2003年のシーズンに初めて「沢村賞」に受賞した時です。
沢村賞の「実行委員会」の中に稲尾さんも入られており、日本シリーズを終えた後、宮崎秋季キャンプ前の雁ノ巣球場での練習の時に稲尾さんにお会いした時でした。その時に「沢村賞に必要な項目に、井川より(現ヤンキース)足りてないから難しいぞ!」と言われた事を思い出します。
その後の実行委員会の話し合いで、井川投手の方が沢村賞に必要な項目を満たしていたにもかかわらず、久しぶりの“20勝投手”と言う事で、“ご褒美”のような感じで、“球界初”の「沢村賞」2人選出で、賞を受賞する事ができました。
その後も稲尾さんには、会う度に声を掛けていただき、時には僕からの投手としての質問に、自分の経験をやさしい口調で話してもらう事もありました。
そして僕には以前、稲尾さんに言われた「沢村賞に必要な項目が足りてない」が、ずっと頭に残っていました。
昨年、開幕から勝ち続けて、2度目の「沢村賞」を受賞する事ができました。
新聞で読んだんですが、「満場一致」と書いてありました。詳細は僕にはわかりませんが、沢村賞に必要な7項目中、僕の覚えでは5か6項目をクリアしていたと思います。僕は、稲尾さんに言われた「沢村賞に必要な項目が足りてない」と言われた事が、2度目の沢村賞を受賞させてくれたとその時思った事を思い出しますし、稲尾さんが取らせてくれたと言っても、僕の中では過言ではないくらいです。

“神様・仏様・稲尾様”。
現役時を知らない僕達には、稲尾さんの通算成績を見てもそうなんですが、この代名詞を聞くだけでもう十分どれだけ凄かったかわかります。

今のプロ野球を支えてくださっていた人が、この世を去る事に、深い悲しみでいっぱいです。

個人的には今後、「天国」にいる稲尾さんに認めてもらえるような投手になり、“稲尾さん”を含めた「実行委員会」で、7項目全てクリアしての、“沢村賞受賞”を目指します。


稲尾さん、ありがとうございました。      さよなら・・・。


ご親族方へ。
稲尾和久様の突然の訃報に接し、言葉を失っています。
遠方のため駆けつけることができませんが、どうか遺族の皆様のお力をお落としになりませんようご自愛下さい。
ご冥福をお祈り申し上げます。

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